三千綱再生ゴルフ塾 7



「右手が最初に降りてきてしまっている。これが敗因」といったタケ小山プロが実際に示してくれたスイングポイントの映像である。
フロ上がりなので顔は上気しているが、喉が渇いていたせいか、気持は帰りたがって急いていた。
そこを「まあまあ、愛人が待っているわけではなし、もう少し教えてーな」と取りなすと、そうはいっても性格のよいタケ小山プロは、「まず、テークバックで間違いがあります」といった。
右肩を彼が押さえているのは、「ここが先に前に出てはいかん」、といっているのであって、右肩を特に意識して後に回す必要はないといっているのである。
どうもレッスン書には右肩を思い切り後に回して肩胛骨にぶつけるように、と命令口調で書いてあるが、人間はテークバックの1秒の間にそうめまぐるしく頭が回転するものではない。またさせるべきではない。
「Simple is best」
なのである。

「テークバックでは右肩が自然に回転していくと、左膝が透明な糸引かれるように右膝に寄ります。透明な糸、分かりますね、お釈迦様の糸です。強靱なんです。分かりますね」
「少し」
「少しじゃだめなんです。たくさん分からなければ意味をなさないんですよ」
「でも、始動では右肘も気になるし、テークバックが完了するときの右手の親指の位置も気になる」
「気になりますね。でも、気にしていてはテークバックはいつまでたってもトップにいかないんです。ここは右肩に引かれて、斜め対称にある左足の膝が連動し、自然に右足に重心がかかるというところを第一段階にしましょう」
「つうことは、そこで止めちゃうの」
「泊まりません。あ、これはパソコンの打ちそこないで、『止まりません』ということです。リゾートホテルで愛人と一泊するということではありませんよ。そこを間違えないように」
「そんな間違えをするやつは、今井絵理子議員と時間差攻撃で『一線を越えなかった』橋本神戸市議くらいだ」
「そうですよね。一晩中ゲームしていたなんて、バカですよね。やはり一線は越えるべき・・・」
「プロ、んな下世話なことより、右肩に引かれて左膝が右膝により、自然に体重移動したらどうなるの」
そこでタケ小山プロはブリーフの上から股間を撫で、位置をただしてから威厳を持って言った。
「そのまま左踵に体重を移動して身体を回転させればいいのです。グリップエンドを臍に向ければ、ダウンスイングでは、右肘は脇腹に刺さるように降りてきます」
「なるほど」
私はタケ小山プロのスイングを見ながら感心していた。

「フィニッシュでは左肘を開かないで振り抜くことが大事です。そのためにはインパクトで右手を返すことです。ミッチの場合はですよ。このことは一番最初に言いましたね」
「言われました」
「レッスン料はタダだとも言いましたね」
「お歳暮も辞退すると」
「言ってません」

「んで、拙者の場合はどうなっているの。右手が先に降りてきているようには見えないんだが」
「右手と右肩が協力して先に降りてきてしまっているんです。こうです」
そこでタケ小山プロが示した拙者のスイングは醜いものであった。
「右手が先というより、それは猫パンチでないの」
「そうです。猫パンチです。八百長です」

ミッキー・ロークが日本でプロボクサーとしてデビューしたとき、相手の選手に放った決め手のパンチは招き猫そのものであった。相手の頬を撫でてはいたが、当たっていないのであった。相手の黒人ボクサーはその八百長ボクシングで600万円のギャラを受け取り引退した。4回戦の試合がメーンイベントになった初めての大会であった。世界中「恥」じた試合であった。

「猫パンチではボールは飛ばない。飛ぶわけがない」
「そうです。それに見た目が悪いです。ダンディミッチには向きません」
「よくぞ申した。ようし、これから8月、9月と撲滅猫パンチに取り組むぞ。そしてハンデを23から19に上げて戻ってくるぞ」
「そう、19に・・・。しかし目標が低いですね。私の知っているミッチはもっと力強いきれいなスイングをしていましたよ。シングルだったし、一体どうしちゃったんですかね」
「言うな。過ぎ去った昔のことはいうな。おれは免疫力アップで力強さと共にゴルフファーとしてもAクラスになりたいのだよ。そしてベストセラーを出したい。金があと35万円ほしい」
「目標が低すぎます。私は今年1億3千万円稼ぐ予定です」
「ホント?」
「嘘です。見栄です。8700万円です。あ、それから目標19のオッサン」
「なんじゃい」
「実は右足に体重が移ったときには、もう左への体重移動は始まっているです。それで一瞬トップではクラブヘッドが止まっているように見えるんですね」
「そうか、それができれば230ヤードだな」
「前にもいいましたが、230ヤードはセェーックスをするくらい無理ですよ」
「やはりな。では9月までさらば」
「お達者で」
そして、タケ小山プロは溌剌と去り、拙者は明るい再生ゴルフを目指して、トボトボとクラブハウスをあとにしたのであった。

「再生塾8」が再開されることを希求して、拙者は原稿用紙を持って、ゴルフ修行に出る。100切りゴルフの大会になんか絶対に出んぞ。



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by michitsuna2 | 2017-07-30 21:34 | 三千綱再生ゴルフ塾 | Comments(0)